2023年12月7日(木)22時に放送されたラジオ番組「題名のない討論会」は、パーソナリティであるTaka、Keita、Tanakaによる熱い討論が行われた番組です。今回のテーマ「サンタは居るのか?いないのか?」について、彼らは個々の意見を主張し、議論を交わされました。この番組の特徴は、対峙者の意見を尊重しながらも、真意や是非を問う点にあります。白熱した議論の中で、パーソナリティ達の結束力や信頼関係が垣間見え、論点がズレると問い正すなど、個々の主張がしっかりとされた点が特徴です。筆者は、この面白い番組からいくつかの学びがあったので、改めて考察します。
前提として
彼らは、それぞれの意見を尊重し合い信頼関係が構築されている事が大前提です。なので、ディスターブな意見はその場で指摘して、論点を逸らさないコミュニケーション能力があるからこそ出来る番組であろうと筆者は感じました。
ご飯論法
質問に正面から答えず論点をずらす手法として、ご飯論法というものがあります。「朝ご飯は食べましたか」という質問に対して、「ご飯」という言葉を故意に狭い意味で解釈し、米飯のみを指すと歪曲解釈して回答をはぐらかす手法です。例えば、パンを食べていても、「ご飯は食べていない」と答えることで、質問の意図を故意に誤解し、論点をずらし、質問の本質から逸らすことを目的としています。
筆者は、意図的な論点ずらしについて、特に問題はないと考えています。しかし、筆者が懸念するのは、多くの人々が無意識に「ご飯論法」(論点ずらし)を行っていることです。このような行為は、議論の本質から逸脱し、問題の解決に至らない対話や討論を進行させることに繋がるため、危険であると筆者は感じています。論点を正すことなくただ話を進めることは、議論の質を低下させ、本来の目的から離れた方向に進む恐れがあるため、注意が必要だと感じています。
不毛な議論
机上の空論
砂上の楼閣
は、世の中で最もムダというのが、筆者の考察です。
ルールとは
この討論番組のルールは「ルールがないのがルール」です。強いて言うならば、他者意見の尊重と自己主張するのが前提ルールでしょう。では、「サンタは居るのか、いないのか」の問いに対する答えや結論といったゴールは何なのでしょうか?多数派が正とするのか、対峙者を説得することか、自分の意見を言ってスッキリするだけでいいのだろうか。「ゴール=達成」というルール設定しないまま対話、議論、討論を進めるのは、不毛な議論、机上の空論、砂上の楼閣と何が違うのだろうか?
まとめ
日常や社会生活での対話の中で、建設的な話し合いにならない、会話が噛み合わないという場面に遭遇したことはないでしょうか?筆者はしょっちゅう遭遇します。パートナーや家族といった近しい人間関係の中では成立する会話でも、社会生活では主義主張を伝える必要な場面で無意識にご飯論法していないだろうか?前進する事が目的ならば、ゴールの共有は必須と筆者は考えます。
尚、筆者はサンタは居る派です。はっきり申し上げますとTakaさんは間違っています。Takaさんは、残念ながらお父さんがサンタの代行場面に遭遇してしまい、失望したかもしれません。しかし、私はサンタにお会いしたことがありますし、会話もしたことがあります。サンタは居ます。異論は認めん。
Comments