本記事は苫小牧研究林の植竹研究室長が自ら執筆した冊子IBURI DOT SITE.記事のリライト版です。全6章からなる北海道大学苫小牧研究林の今を伝えます。
〜第5章〜
微生物から見た苫小牧編
北海道苫小牧市郊外に、私たち北海道大学が管理する森がある。バードウォッチングで遠路遥々訪れる方がいれば、苫小牧市民でも存在を知らなかったり。この森に癒されながら、探究を深め、地球の未来を考える。
大きな森を支える小さな存在
森の中では、目では見えない小さな生き物たちが炭素や窒素などの物質を循環させている。微生物と呼ばれるこれらの生き物は、土や川の水、葉っぱの上、シカのお腹の中など、どこにでもいる。葉っぱや枯れ木には菌類が生息して、他の生き物には分解しにくい木の成分を土に還し、土の中ではバクテリアによって植物が利用可能な状態の栄養素が作り出される。見えない彼らの活動が、目で見えている大きな森を支えているのだ。そんな森の微生物の世界を垣間見ようと、昨年(2021年)から私は苫小牧研究林のメンバーに加わった。
ワタシはここにいます
とは言っても、私は森林の研究をしたことがなかった。これまでの研究対象は、雪や氷の中に住んでいる微生物。冷たいところが好きな変わり者を追いかけて、南極、北極からアフリカの高山まで、雪と氷が常に存在するところならどこでも研究の対象としてきた。だから苫小牧の森にきて、冷たいところが好きな微生物の研究ができるだろうかとちょっとだけ悩んだ。しかし意外にも彼らの方から『ワタシはここにいます』とアピールしてきたのだった。
雪の赤潮
春先になると雪が緑や赤っぽくなる現象がある。これは彩雪と呼ばれ、雪の中で大量繁殖した藻類(光合成をする微生物)が緑や赤の色素を持つために起こる。海の赤潮と似た現象だ。森林の積雪では緑色の藻類が日本各地から報告されているが、北海道での例は少なかった。しかも、苫小牧は積雪が薄く、厳しい寒さにより土壌が深くまで凍るので藻類は生息していないと勝手に思い込んでいた。
しかし、赴任して1ヶ月ちょっとの3月中旬。ふらっと散歩に出かけ時に、資料館の横の雪が緑っぽいことに気がついた。これは奴らだ!いそいそと顕微鏡を用意した。
微生物だらけ、苫小牧の雪
顕微鏡を覗きこむと、緑色の小さな粒々がたくさん見える。間違いなく私が求めていた藻類だ。見た目だけではこれ以上のことは分からないので、遺伝子を使って日本各地の彩雪と比較してみた。
すると、どうも苫小牧の雪の中には、他の北海道や本州の彩雪よりも多くの種類の藻類がいることがわかった。しかも緑色に見えない雪にも実は結構な藻類がいた。さて、これがどう森と関わっているのだろうか。それは今後のテーマだ。広範囲の雪にいるということは森全体では相当な量になると想像され、雪の下の土壌との関係性もありそうだ。今後どのような話になるのか。別の機会に報告したい。
続く~
植竹 淳准教授 Jun Uetake
研究テーマ
微生物群集による物質循環と地球環境変動
キーワード
微生物生態学・環境DNA・地球科学・環境変動・バイオエアロゾル・氷河・氷晶核形成
著書
雪と氷の世界を旅して: 氷河の微生物から環境変動を探る (フィールドの生物学)
メッセージ
目には見えない微生物は土壌や河川はもちろんのこと、空気や積雪といった一見生き物のいなそうな環境にも生息しています。野外でのフィールドワーク&ラボでの遺伝子実験や 化学分析を通じて、このような微生物群集がどのように分布し相互作用することで、環境中の物質循環に影響を与えているのかを明らかに していきます。またある種の微生物は存在するだけで地球環境を変化させる可能性があります。例えば、1:細胞が核となって雲の形成を 促進し、太陽光の放射バランスを変えている微生物、2:氷河の上で色素を生成し、温暖化による氷河の融解を促進させる微生物などがおり、地球科学や気象学といった様々な分野の研究者たちと共同して地球規模でのテーマにも取り組んでいます。